あさちゃん

所用で大阪にでかけることとなった。用件は夕刻からであるが、折角大阪へでかけるのであるから、少し早めに行き、店を冷やかしたり、本屋で立ち読みをしようと思った。赤い電車に飛び乗って、なんば駅に到着したのは、昼の1時半を回ったころであった。
先日、デジタル一眼レフを買ったが、カメラケースや各種手入れ用品を買い忘れていたので、電器店などが密集する日本橋へとやってきた。そこここに電器店、マンガ専門書店、露天、女中の常駐するカフェなどが点在し、普段田舎界のエルドラドと呼ばれる田舎キャンパスに引きこもっている身分からすると、至極華やかであり、見ているだけでも愉快である。時刻は午後2時を回ったが、朝から何も食べていなかったので腹が減った。ふと前方を見やると、定食屋の前に列が出来ている。ちょうど良いので列に加わり、定食を食おうと試みた。傍らにある看板には「ちょいめしあさチャン」とある。

ちょいと飯を食いたい、そんな欲求を持っているワタクシには最適の店と言えるだろう。入り口の壁や壁面には、店主のウィットに富んだ張り紙などもあしらわれており、好感がもてる。


さて、列も順調に進み、ワタクシも入店。促されるままカウンター席に腰掛け、メニューを眺める。多種多様のおかず、カレーなどが列挙されているが、初入店の店であるので、素直に店名のついた「あさチャン小 880円」というのを注文。落ち着いたところで店内を見回すと、店奥の大型テレビでは洋画が放映されている。壁面には大量のビデオテープが並んでいるので、おそらく日によって違う映画を放映しているのだろう。今日の映画は「ザ・ロック」であった。店内をぐるり見回すと、土地柄同年代の青年が多く、各々が食事を楽しんで・・・ん?
一瞬遠近感が狂ったのかと思ったのだが、もう一度目を凝らしてみても、やっぱりどこか間違い探しを見ているような違和感が我を襲う。再度確かめると、店内にいる客人の食べているものがでかい。というか、なんだか丼からはみ出していないか、そのメニュー。
あれれれ、と空を見つめると、張り紙があった。

ん?目線をカウンターの上に落とすと、こんなものも。

さらに店内のあちらこちらに各界の著名人が店主と共に写った写真がある。なかでも一番大きなあの写真は、私の記憶が確かならば、ギャル曽根という女性である。はて、ワタクシはここで非常に不安を覚えるようになったのである。しかしワタクシが注文したものは「あさチャン 小」であり、小サイズであるのだから、さようにでかいものがやってくるはずがない。目線を奥にやり、ザ・ロックを鑑賞し、極力見ているだけで腹が満たされる異空間から離れようと努力した。ショーンコネリーがアルカトラズ島めがけて潜水を開始したころ、なにやらアルカトラズ様の物体が私の方に近づいてきた。

おおう

あらら。あわてて確認した伝票には、しっかりと「小」の文字。

ここからワタクシのアルカトラズ攻防戦が始まったのである。まずはちくわのから揚げを一本食べ終わるが、もはやその時点で胃袋が黄色信号を発信し、太田胃酸をリクエストしてくる。しかしまだまだアルカトラズの入り口に立ったに過ぎない。これから、大量のウインナー、コロッケ、わかめ、フランクフルト、ちくわのから揚げ、そして白米との攻防戦が待ち受けているのだが、ここでは多くを語るまい。かろうじて引き分けに持ち込んだワタクシは、ナイスファイトを演出させてくれた女将に礼を言い、店を後にした。

店の前には依然として看板が出ていた。「ちょいめし あさチャン」
満腹感と満足感と、過度に膨れた腹を抱え、私は日本橋を後にした。ちょいと飯を食いたい、そう思っていた時期が、私にもありました。