交通の問題

6月から転勤で仙台に来ている。
元々の出身は関西なので、盆暮れ正月くらいには、実家に帰るようにしている。
東京に住んでいたときは、トータルでの時間、金額等を考えると、新幹線一択だったので悩みは無用であったが、仙台から関西まで、どのように帰るか考える時期が来たようである。
 
ちなみに仙台に来る際に車を買い、うかれていたので今年の盆は車で850キロをぶっとおしで運転し、死に掛けた。いわんや冬の東北であるので、歴史に学ぶワタクシとしては、無理な行軍は八甲田山。まずもって車は除外した。
 
すると残る選択肢は、飛行機か、新幹線である。
時間的には間違いなく飛行機であるが、金額的はいかがだろうか。
 
●飛行機:仙台空港から大阪空港まで30,800円 所要時間85分
●新幹線:仙台から京都まで20,980円 所要時間264分
 
実際には仙台駅から空港までが約60分、伊丹から京都までも約60分と考えると、飛行機のアドバンテージは約60分。60分に約1万円(プラス空港と駅間の電車賃、約2000円もプラス)を考えると、やや高い。
そう考えると新幹線の方に分がありそうだが、今から年末であれば、まだ早割りが使えるので、実際は片道約1万円〜1万5千円で飛行機利用が可能である。
こうなるとトータルコストは飛行機も新幹線も大差なく、そのうえ早く到着するのであるから、飛行機を除外する意味がなくなる。
 
というわけで年末は飛行機で帰ります。
というたわいもない結論ですが、もう一つ、車で帰った場合の試算をしておきませうか。夏休みは地元の友人知人と出かける予定もあり、できれば車があったほうが都合が良い。
  
●車:仙台宮城ICから京都南ICまで、高速料金15,800円 所要時間9時間11分(811.4km)
   ワタクシの車は燃費が約8km/Lなので、811.4/8=101.4ℓのガソリンを消費する。
   間の悪いことにワタクシの車はハイオク専用なので1ℓ150円で計算すると、
   101.4×150=15210 ⇒ ガソリン代は15,210円
   トータルでは31,010円。休日のETC半額を利用しても、23,110円と、新幹線にも勝てない。
 
ということで結論は
 飛行機(早割)>>新幹線=飛行機>>車
となり、夏だろうが冬だろうが一人で帰る分には、車でのメリットは殆どないね!

連休で実家に帰ってきているが、旧友と遊んでばかりで親孝行もできず、外で酒ばかり飲んでいる。
今日は滋賀の石山というところで焼肉を食べた。
そこの店の店主が気さくなひとであり、なんとも好感のもてる店であったが、そこでみせてもらった珍品に驚いた。

なんとケセランパサランがあったのだ。

しかし一般に想像するところのケセランパサランではなく、丸っこい石のようなものであった。
これは本当にケセランパサランなのだろうか。と思っていたが、店主は「これは牛から取れるケセランパサランである」という。白い牛からは白いケセランパサランが。黒い牛からは黒いケセランパサランが、それぞれ取れるのだという。
コレまで思い描いていたふわふわのケセランパサランではないが、見ると幸せになるというケセランパサランであるから、丸っこい石のようなケセラン(略)でも、きっと明日からは幸せになれるであろう。
たとえば宝くじが当たる、片思いの人と付き合うことになる、大口の案件が受注になるなどの効用が、明日からどんどこどんどこと押し寄せてくるはずであるので、気になる方はアタクシのツイッターなどで近況を確認するとあなたもケセランパサランの効用で幸せになれると思います。
ツイッターのIDはooxixaoooです。よろしくお願いします。

新訳 津軽海峡冬景色

石川さゆりの名曲に、津軽海峡冬景色というのがあるだろう。
阿久悠の作るその詩は、恋に破れた女が冬空の津軽海峡を渡って北海道に帰っていくという、旅情的で情緒的な詩が印象的であるが、青森新幹線の開通を目前に控えた今日この頃、もはや青函連絡船などという言葉すら昭和の思い出として片付けられていくのである。
この名曲を再び活きづかせるために、時代に即した新たな解釈を加えてみてはどうか。これまでの恋に破れた女の詩、それも良い。けれども、別の解釈だって、あってもいいのでは無いか。

そんな暇人の叫びを聞いてください。新訳、津軽海峡冬景色。それでは張り切ってどうぞ!
 
 
都の東北にあるターミナルから、夜行列車に乗ったのは何時間前であったろうか。列車は吹雪の津軽平野をひた走り、まもなく青森に着こうかとしている。
 
この長い旅も、もうすぐ終わりである。
 
あの人とこの津軽海峡を渡ったのは、一体いつであったろうか。遠い昔のような気もするし、はたまた3日前だったような気もする。
青函トンネルが開通し、飛行機だって、寝台列車と大して変わらない料金で千歳まで飛んでいけるのに、なぜ私はわざわざ夜行列車に乗り、そして船で北海道に渡ることになったのだろうか。運命とは、あまりに偶然に満ち溢れている。
それにしても静かだ。吹雪の青森駅から、港へ向かう人々は少なく、そして皆、一様に黙り込んでいる。その光景が、旅の疲れを引き立たせる。
 
港に停泊している函館行きの船に乗り込み、出発までをデッキで待つ。冬空の下、波間に浮かぶかもめを見ていると、風が強くてコンタクトがずれ、涙でかもめがにじむ。ああ、もう津軽海峡なのだな。もうすぐ、この旅も終わる。
 
デッキから客室に戻り、船酔いに苦しむオヤジの横で、曇る窓ガラスをぬぐってみた。昨日まで居たあの土地は遠く、運命に翻弄されたこの長旅を改めて感じる。曇った窓から、竜飛岬がかすんで見える。
ああ、もうこの旅もおわりなのか。
 
  
  
「大泉君!あれが竜飛岬だよ!」
かましいヒゲのオヤジが、いまさらながら指をさす。
 
さようならみなさん。わたしはようやく北海道に帰ってきました!
ダイスの音が胸をゆする泣けとばかりに。ああ、サイコロ?〜津軽海峡冬景色〜(完)。
(BGM:1/6の夢旅人2002)

毎日どうでしょう。

毎日大泉洋ばかり見ている。
近所のレンタルDVD屋が、DVD一本、一週間190円という価格で提供する日があり、今更ながら、「水曜どうでしょう」を見始めたわけだ。学生の頃にこれを見ておけば、もっと楽しい学生生活が送れたのではなかろうかと錯覚するほど、面白い。面白いが、何本も続けてみると、流石に飽きが来るため、切りの良いところでDVDを取り出し、テレビをつけたならば、そこでも「水曜どうでしょう」が放映されていた。

テレビ番組表を閲すると、近県各UHF局で、それぞれ週に一回、「水曜どうでしょう」の再放送を行っている。キー局は何を放送しているかというと、言わずもがな、選挙特番ばかりであり、つまり、今テレビで放映されているのは、選挙特番か、或いは大泉洋であり、もはやテレビは大泉洋に征服されていると言っても過言ではない。
ワカサギを釣り、はたまたサイコロを振ってバスに乗り、カブで鹿児島を目指している大泉洋が、同じ時間軸で平行して存在しているわけであり、もはや時間空間すら超越した存在だといえよう。大泉洋は。関東ではチバテレビとMXで同じ日に放映してるからね。なんだ、神か、あいつは。と唸りたくなるほど、毎日大泉を見ている。流石に飽きてきているが、一方それでも羨ましいと思う。楽しそうだと思う。俺もカブを買って、気ままに鹿児島なんかを目指したいなと思う。フェリーに乗って旅をしたいなと思う。
ふと思い立って、北九州行きのフェリーを検索したりもした。フェリーとカブに乗って、九州の温泉を目指すのも楽しそうだと妄想した。でも、そんな暢気な旅は、出来ないんだなと落胆する。だからもう一度DVDをセットし、楽しげな大泉を見る。そうやって現実を大泉で置換する訳である。だから、大泉は面白いのかも、しれない。

二輪を買おうと思う。そのうち

二輪車の免許を、取ろうかと、思っている。東京の街は、地下鉄がある、JRがある、東武西武小田急東急があるし、バスも走っているから、何処に行くにも、さほど苦労しないが、何処に行くにも、結局駅まで、或いは駅から歩かねばならず、さらに付け加えるならば、駅の中もかなりの距離を歩かねばならず、たとえば大手町の駅などは、目的の路線にたどり着くまでに、何回も階段を上り下りし、関係のない路線のホームを端から端まであるかねばならんことも、これあるわけで、実際のところ、中途半端な田舎町に住むよりも、体力的に厳しいのではないかと思うのである。
田舎に住めば、買い物に行くにも、基本的に車であるし、駅構内も、大手町や新宿ほど広くはないから、子供時分はさておき、自動車を運転できる年齢になれば、むしろ体力的には都会より楽ではなかろうか。
では、都会でも車を買えば良いという話に相成るわけであるが、ガソリン代、車庫代、車検、自動車重量税、雪道用タイヤ、眠気覚ましのガム、装飾用のカーテン、車外のひとにアピールするためのディズニーグッズなどを買わねばならず、非常に手間、費用がかかるものである。
そこで二輪車である。原付ではこころもとないが、90cc程度の車両であれば、費用もかからず、また、行動範囲も広がるため、快適であろうことは想像に難くない。休日は代々木公園までツーリングだとか、幕張までちょいと足をのばしたりだとか、お洒落ではないか。素敵ではないか。もう少し大きい二輪なら、二人乗りもできるし、後ろに妙齢の女性などをのせて、箱根や日光に行くのも良いし、90ccで実家まで気ままな旅もよい。
いいことづくめの二輪であるから、早速インターネットで見繕った。教習所も探した。でも行けそうに無かった。お金が無かった。だから俺はしばらく、自転車に乗ったときにブルルルルと口ずさみながら、後ろに妙齢の女性が乗っている気分で、浅草界隈を走り抜けることにするよ。
金が溜まるまでは七輪を買って、五輪を見ながら妄想にふけるよ。

思い出に浸りすぎんじゃねえよ。

鳥取プレイランドが、解体されているらしい。
かつて、鳥取の山奥に遊園地があって、その名も、鳥取プレイランドと言った。もう、10年以上も前につぶれてしまった遊園地だが、幼少期には、家族親戚と、何度も遊びに行ったことがある。閉園した遊園地であるが、遊具などは最近まで撤去されず、ネット上の廃墟めぐりサイト等に、登場する姿を見たことがある。その鳥取プレイランドの遊具類が、いよいよ解体されたのだという。
幼少期の、かすかな思い出でしかないけれども、山道をくねくねと進んだ先にある、鳥取プレイランドを思い出すにつれ、楽しかったあの頃のことを思い出す。

もう一つ、別の話題。
大分のホーバーフェリーが、いつの間にか廃止になっていた。大学生活も終局に差し掛かった頃、一人で九州に出かけたことを思い出す。どうしても、一度ホバークラフトという乗り物に乗りたくて、本来の目的地である熊本に直行せず、わざわざ大分で宿泊して、乗ったのだ。いつか、もう一度乗ってみたいと思っていたけれども、いつの間にか無くなっていた。ホーバーフェリー廃止なんてことは、東京に住んでいては、とても些細な話題だけれども、そんな話題すら、届けてくれるインターネットというのは、ありがたい存在だと思う。

思い出の本質とは何だろうか。例えば、鳥取プレイランドの思い出は、楽しかったという感情しか無いが、本当にそうだったのだろうか。もしかしたら、楽しくないことも、その中には入っていたのかもしれないけれど、そんな感情は、いつの間にか小さくなって、圧倒的に絶対的に楽しかったという、ただその記憶だけが思い出として残っているのかもしらない。
この思い出が、幼少期の頃の思い出だからそうなのだろうかとも考えたが、ほんの3年前の、ホーバーフェリーの思い出にしても、妙な興奮、と純粋な楽しさだけを強く覚えている。確かに、ホーバーフェリーから降りた直後は、「こんな船酔いする乗り物、二度と乗るものか」と憤っていたけれども、今から振り返れば、それも楽しい思い出だったと思う。

高校生の夏休み、勉強もせず、友達と遊ぶこともせず、ただ寝転がりながらラジオを聴いていた、あの無為な青春も、振り返れば、のどかで楽しかった思い出だと思う。
なんだかんだといって、これまでの人生、振り返ればそれなりに面白かったのだ。例え他人からとやかく言われようとも、その瞬間瞬間はつまらなくても、振り返れば、苦しいこと、辛いことは希釈され、楽しいことばかりが増幅されて見えるのかもしれないし、それが思い出なのかもしれない。

けれども、そんな過去の楽しかった思い出と比較して、今の生活が楽しくないと思ってしまうから、たちが悪い。今、こんなに楽しくないと思っている生活であってもあと5年もすれば、楽しかった思い出として立ち上がってくるに違いないのだから、今の苦しみに思い悩む時間が有れば、今からどんな楽しいことが出来るのか、を考えてた方が有意義であろう。
とりあえず、金のかからない部屋の模様替えをしようと思うよ!